小説つづき④
僕は研究室にいた。
正確には、僕と爺さんは研究室にいた。
他に誰もいない。
(なんで誰も来ない…!?)
かれこれ10分は経とうとしている。
(早く来すぎたんだ。)
僕は研究室のある建物でゼミの人と鉢合わせる、というシチュエーションを避けるために、あえて時間をずらして来てみたのだが。
(早すぎたぁー)
今爺さんと2人きりという。
(これはこれで地獄だ…)
僕は買っておいたペットボトルのお茶を口に含んだ。しばらくずっとこの行動を繰り返している。
(やることが無い。)
研究室を見渡してみると、日本史に関する本が本棚に敷き詰められていて、英語表記の本もチラホラ見受けられる。壁には写真がピンで止められており、写真の中心に爺さんがいて、その周りに学生と見受けられる人や外国人もいて笑顔で写っていた。背景に発掘調査をしているのだろうな、というような場所だ。
(この爺さん少し若いな……いつのだろう。)
「ハズキくんは大学はどうですか?」
爺さんがおもむろに話しかけてきた。
「はぁ、大学ですか。それは学業の面ですか?それとも大学生活の方ですか?」
「どちらでも構わないですよ」
「ん〜、そうですね。まあまあ楽しいです。」
「ほう。」
爺さんはパソコンの手を止めてこちらに向き直った。
「僕は入学してまずは学業優先で、交友関係は二の次にって考えで…まぁそのおかげで友達と呼べる人は一人もいないですけど…」
「学業を優先するのは偉いですね。友人は作らないのですか?」
しゃがれた声で爺さんが言う。
聞き飽きた質問だ。どうして友達を作ろうとしないのか。心を抉るような問いかけ。
「僕は…ゆくゆくは友達は作りたいと思っています。けど、人間不信っていうか、人を心から信用することが出来ないんです。腹の底で表面とは全く違ったことを思ってるんじゃないか、とか、嫌われるのが怖くて近づけないんです。」
僕は知らず知らずの内に本音を喋っていた。
「わたしがミャンマーに行ってた時にね、」
爺さんは脈絡がまるでないことを話し出した。
「ミャンマーは今だ情勢が不安定でね、貧困率は世界中で特に低い方だね。街には浮浪者がたくさんいて、今日を生きていくのでもやっとだ。でもね、そんな中人々は助け合って生きてるんだ。ご飯を分け合ったり、足りないものは共有したり、子供が泣いていたら皆で面倒をみる。最初僕はなんでこんな状況で、自分のことで精一杯なはずなのに人助けする余裕があるんだろう、と思いました。ハズキくんは分かりますか?」
僕は聞き入っていた。
「え、それは、なぜ…?」
爺さんは続ける。
「人々の心には慈愛の精神が流れていたんです。ひとりぼっちの人がいたら、この人は今寂しい思いをしているんだ、どうせわたしは今日も生きられなくて死んでいくんだ、そう考えてるとしたらどう思いますか?その人をほおっておけなくなるでしょう?大丈夫、安心して下さい、私が今あなたを助けますから、って。もちろん全員が全員そう思ったるかはわかりませんし、あくまで想像でしかありません。ですがミャンマーの人々の多くは仏教徒です。仏の教えの中に人を慈しみ愛する、という精神があるのでしょう。人々はそうやって日々を生きていました。」
「……。」
「国は違えどハズキくんの中にも人を思いやるという精神はあると思います。必ずしも慈愛の精神を持てというわけではありませんが、考え方を変えることはできると思いますよ。」
そう言って爺さんはニコっと笑った。その顔はシワでクシャッとなったけど。
小説つづき③
戦国時代、かの有名な織田信長が合戦に向かうため軍勢を率いて領内中を通過中の話
畑のわきを行軍していると、農夫がそれに気づ気もせず、のんびりと居眠りをしていた。
家臣のひとりが「殿が出陣というのにのんきに居眠りをしているとは、無礼なやつ!叩き斬りましょう!」といきりたてた。
そんな家臣に信長はこう言った。
「よいよい。わしはこうして皆が平穏に暮らせるように日々戦っておるのじゃ」
信長は自分に歯向かうものに対しては容赦がなかった。逆に自分に忠誠を示していれば特に何もしなかった、という。
時は経て現代。
大学の授業で居眠りをする奴がいた。それは僕だ。大した授業でもなく、ただ出席して、出された課題を期限内に提出していれば特に授業中に居眠りをしていてもお咎めはない。僕は出席はしてるし、課題もちゃんと提出はしている。現代の織田信長、とはだいぶイメージが違うこの教授の授業は、聞いているだけでまるで子守唄のように聞こえてしまう。この教授も年配のご老人で、生徒が寝ていてもいちいち咎めるような労力も持たないのだろう。温和な雰囲気から一部では、お爺ちゃん、と生徒から親しまれている。
そのお爺ちゃんが今の僕のゼミの先生だったりする。
チャイムと共に教室から人がどっと出ていく。
「ん~、よく寝た…!」
授業中寝ていても親切に黒板にほとんど書いてくれている。おまけに課題の内容と期日も書いてあったりする。
「昼休みか…。」
僕は黒板の内容をノートに書きつつ昼ごはんを食べることにした。
僕が通う大学のキャンパスはまあまあ広い。今僕がいる教室は中教室で他に大教室、小教室と別れている。中庭とグラウンドと、他に陸上競技場が備わっていて運動部やサークルなんかが活動してたりする。
もともとそんなに知名度がなかった大学だったが、なんかの遺跡の発掘調査で新発見があったみたいで、それが大々的にメディアに取り上げられたことで一気に知名度が上がってしまった。
おかげでキャンパス内にはどこかの国の外人が歩いていたり、日本語じゃない言葉が聞こえたりもする。
僕はキャンパス内をうろうろするタイプではなく、だいたい決まった行動範囲がある。今もその範囲内。
昼ごはんは最初の内は学食で食べてはいたがどうも性にあわず、その次に中庭のベンチや芝生で食べようともした、がこれも断念。周りの目が気になってしまい、実際はそんなことはないだろうが、リア充の笑い声が聞こえてきそうで好奇の目線やそれらに耐えられなくなって去った。それに今の季節寒いし。
昼休みはみんな(リア充してる大部分の生徒)は学食で食べるかしてるので、教室は誰もいなくて空いてるんじゃないか、そう思って空き教室を実際使ってみたら凄い心地が良いことに気がついた。静かだし人もいないし、広い空間に一人っていうのも案外悪くないなと思ったりした。
昼ごはんを食べながらスマートフォンで音楽を聴く。最近はもっぱらヒーリング系の音楽だ。落ち着く。
ついでにLINEを開いてみる。個人LINEは通知があるわけなく(友達いないしな)、広告の通知ばかり。その中で一つだけ今も息をしているのが、ゼミのグループLINEだ。僕はROM専ってやつでグループの会話には参加しない。
それでも続けているのは、たまにゼミの情報が流れてくるので、あまりゼミのみんなと話したりしない僕にとっては重宝している存在である。
『今日のお爺ちゃんの授業も眠たかった』
『それわかる』
『テラねむす』
『わたし好きだけどなー』
『そういやお爺ちゃんには家族がいないってほんと?』
『それほんと?』
『やべーな、家族割つかえないじゃん!』
『そういう問題か??』
『今日の放課後お爺ちゃんの研究室行かない?』
『お爺ちゃんの研究室しゅーごー!!』
『おれ用事が……』
『あんたは急病っていって用事を休むんでしょ?確定だから』
『まじリスペクトだ…だれも逆らえない……』
……
…
とまぁグループLINEを見ていたら爺さんの研究室に放課後行かなくちゃならなくなった!
僕がいなくてもバレやしないと思うが、ゼミみんなが行っていて一人欠けてるとなぁ…しかもアカネさんにはこないだ会ってるし。
「どうしても行かなきゃ行けないかぁ…」
爺さんに会っとくか…一応ゼミでお世話になってるしな…。
小説つづき②
「へ?」
僕は間抜けな声を出した。
どうしてこんなに声を掛けてくれるんだろうと、そう思った。
「いや…かつお節買おうと思ったけど、ここに来て金欠…あはは…」
僕は財布を忘れた、というのを精一杯の僕なりのジョークで金欠、と表現した。
「えー!それは悲しいね〜( ´∵`)。あ、そうだ」
アカネさんはそう言うとおもむろにカバンから財布を取り出した。
「いくら?」
「えっ?」
僕は言葉の意味を理解出来なかった。どんまいだね、そう言われることを予想していたからだ。
「120円かぁ~」
120円、そのくらいのお金を今の自分は持ち合わせていないことに落胆しつつ、
「あとワンパックで売り切れで…」
と、僕は言った。
「ハズキくん、お姉さんが出してあげようか?」
アカネさんはいたずらっぽい笑みを浮かべて冗談っぽく僕に問いかけた。
「え…そんな、悪いし…」
「大丈夫!お姉さんに任せなさい!」
「いやいや、ホントに、ダメだよ」
僕は引き下がらない。何故か。お金が絡むことは絶対安易な返答はしてはならない。例えそれが空気読めよ的なことであっても、だ。
「どしたの?」
マミさんが話に加わってきた。
「あ〜、なるほど。アカネがハズキくんのかつお節を横取りしようと。」
「違いま、…ん?」
アカネさんは言いかけてなにかに気づいたようだ。
「そう!わたしかつお節欲しかったからこれ貰っちゃうね!」
マジか…。
そう言ってレジにかつお節を持っていった。
ぽかーんとする僕。そしてあえて引き止めないマミさん。
「…アカネはさ、ハズキくんに気を使わせたくなかったんだよ。」
そっとマミさんは僕に耳打ちした。
意味が分からない僕。
会計を済ませたアカネさんとマミさん、と何故か僕はコンビニから出た。
そして、
「はい!」
と笑顔でかつお節を僕に差し出すアカネさん。
「え?」
「わたしかつお節買ったはいいけど今お家に余りすぎてたの忘れてた!だから、わたしを助けると思ってこれ貰って!」
下手な嘘をついているのは分かったけど、ここで貰わないと今度はこっちが悪くなる。
「あ、ありがとう、ございます…」
だったら、だったら尚更聞かねばならない。
「…なんで…なんで、そんなに僕を構ってくれるの?」
アカネさんとマミさんは顔を見合わせてからこう言った。
「あたしは、ハズキくんともっと話す機会が増えれば良いなって、そのきっかけ作りってやつ?」
「わたしはね~、かつお節を見る度ハズキくんのことを思い出すことが出来るから、なんてね〜(笑)」
2人はそう言って笑いあった。
自然と僕も笑っていた。